芸人デビューが31歳と決して早いスタートではない女芸人のまつなみさんですが、芸人を目指すまで多岐に渡るキャリアは、驚愕の経歴と言っても過言ではないと思います。
この記事では、女性芸人を目指すまでの経歴と、芸人への転機となった出来事など5つの驚きキャリアを徹底調査します。
- まつなみのwiki級プロフィール完全版
- 三重大学で専攻した学部
- 大学在学時に予備自衛補の受験した理由
- 自衛隊訓練で経験した内容
- 看護師として職歴とニューヨークでも勤務した経験
- 帰国後務めた外資系メーカー勤務
- モデルとして活動を始めた経緯
- 芸人としてデビューしたきっかけ
まつなみ芸人のwiki級プロフィール完全版
| 項目 | プロフィール内容 |
| 芸名 | まつなみ (本名:松波 江美) |
| 生年月日 | 1988年4月1日(37歳 ※2026年現在) |
| 出身地 | 岐阜県 |
| 身長 | 169cm(股下長めのモデル体型!) |
| 血液型 | B型 |
| 所属事務所 | TWIN PLANET ENTERTAINMENT |
| 主な経歴 | 元自衛官(候補生) → 看護師(NY在住歴あり) → モデル → 芸人 |
| 特技 | 匍匐(ほふく)前進、英語、看護技術 |
| SNS |
まつなみの芸人と経歴が異色すぎる医療の世界と自衛隊訓練
看護学科の勉強より自衛隊訓練に熱が入っていた。
三重大学時代は看護学科を専攻も自衛隊の訓練に明け暮れる
まつなみさんは、教育熱心な母親の勧めで看護師を目指し、三重大学医学部の看護学科に進学します。
そして、この進学が後の多彩なキャリア形成の基礎となっていきます。
まずは、在学中に応募した「予備自衛官補」の試験で始まった自衛隊経験です。
自衛隊訓練は看護の講義よりも興味が強まり、休み過ぎて大学の単位を落としてしまいそうになるほどの熱の入れようだったそうです。
驚きキャリア①在学中の予備自衛官補
大学在学中の「予備自衛官補」試験は、3年間で50日間の教育訓練でしたが、まつなみさんは自主的に年訓練に参加する熱の入れようで、戦車や格闘訓練、ライフルの組み立て・清掃・解体訓練を経験されていました。

特に得意だったのは、完全に大の字に伏せて顔を下に向けた状態で地面を這いながら進む「第5ほふく」でプロフィールの特技に記載ほど。
現在でも家で練習を続けているというエピソードからも、まつなみさんの真面目で努力家な一面が伺えます。
そして「戦地を自分の目で見て貢献したい」という強い気持ちが芽生え、防衛医大進学を目指しますが、残念ながら不合格となってしまいます。
驚きキャリア②看護師としての6年間
大学卒業後は予備自衛官補を辞め、名古屋大学附属病院に看護師として就職します。
症状の重い患者さんと向き合う日々もあった6年間の看護師生活はご自身が「天職」と感じるほど充実していたと語っており、「人の助けになりたい」という強い気持ちが、自衛隊時代から一貫して彼女の行動原理となっていることが伝わります。

亡くなった患者さんのことは今でも忘れられないと語るまつなみさんからは、医療現場での真摯な姿勢と深い責任感を感じることができます。
まつなみの芸人と経歴を生むことになる海外生活とモデル業とは
驚きキャリア③
国家資格取得後、NY(マンハッタン)で「看護師」として活躍
看護師から次のステップとして海外留学にチャレンジした。
看護師として「ある程度一人前になれた」と実感したまつなみさんが、次のステップに選択したのが、「海外留学」でした。
学生時代のロサンゼルス留学経験を活かし、語学学校に1年間通う予定でニューヨークを選択しますが、物足りなくなり現地の短大を受験。

医学を専攻したところ、卒業履歴書開示システムにより、なんとマンハッタンの病院から直接スカウトされることになります。
「英語の練習に」という気軽な気持ちで面接に臨んだところ、まさかの採用、即勤務となり、予期せぬ形で海外で看護師生活がスタートします。
日本人どころかアジア系も自分以外1人もいない環境で、医療英語に苦労しながらも「雇ったのはそちらなんだから、大目にみてね」という強気の姿勢で仕事に取り組み、同僚たちの親切に指導もあり、給料は日本時代の2倍以上だったそうです。
患者さんやドクターからは「日本人は優しくて仕事が丁寧」と高く評価され、1年後の退職時には永住権取得を前提とした継続勤務を打診されるほどでした。
驚きのキャリア④外資系企業に就職
帰国後は語学力と看護師のキャリアを活かして外資系医療企業に就職
コロナ禍の影響もあり、まつなみさんは2019年11月に帰国し、安定を求め外資系医療機器メーカーに就職します。
帰国当時の仕事は明確にされておりませんが、2025年にはヘッドハンティングされた外資系の医療機器メーカーに勤務しており、医療機器の使い方をレクチャーしながら病院に販売するお仕事をされているようです。

芸人活動は、会社の方も周知しており、ライブの小道具を持って出社すると爆笑されるような職場だそうです。
メーカーのお仕事は、国内外の病院を駆け回る多忙な日々ですが、「私が芸人として有名になれば、会社の知名度が上がって売り上げが増える」と上司が発言するような職場のようです。
そのため、お笑いライブのため休暇や早退を要する芸人活動にも理解を示し、快諾してくれるそうなので、まつなみさんも芸人活動もお仕事も全力を注ぐことができる理想的な環境で働けているそうです。
まつなみが「本当にやりたかったのはお笑い」30代で芸人の道へ
驚きのキャリア⑤31歳で「モデル」へ電撃転身
スタイルと美貌を活かしてモデル活動も行う。
まつなみさんは帰国後メーカー勤務と同時に、モデルとしての活動も開始します。
そして、運命の転機はこのモデル活動の中で訪れることになります。
モデルショーのランウェイで、まつなみさんは派手に転んでしまいます。
周りはドン引きでしたが、この瞬間「やりたかったのはコレだ!」と快感を得たそうです。
この体験から「私は綺麗な服を着て見られるよりも、みんなを驚かせたり、笑わせたりしたいんだ」と自覚したまつなみさんは、さっそく「ワタナベコメディスクール」に願書を提出。
この出来事が31歳での芸人デビューへと向かうことになります。
自分が見つけた生きる目的のために、未知の世界でも迷わずチャレンジした。
女芸人まつなみの養成所時代の苦労
31歳でワタナベコメディスクールに入学しますが、待っていたのは想像以上に厳しい現実でした。
今まで積み上げた経験と輝かしい経歴は、会社では実績のある人として扱われ、人から怒られる機会がほとんどありませんでした。
しかし養成所では一転し、「何がおもろいねん」「喋り方が気に食わん」「仕事で授業を休むような奴に教えることはない」と先生方から厳しく指導され、31歳にしてプライドがズタボロになったといいます。

しかし、この経験について「あの時の経験がなければ私は今でもプライドばかり高くて、鼻につく嫌な女のままだった」と振り返るまつなみさん。厳しい指導が人間的成長につながったことを実感しています。
ピン芸人まつなみの代表ネタと評判
自分の目指すお笑いに向かってまい進している。
まつなみさんの代表的なネタは「脚立の女」。
OLの制服姿で脚立に登って漫談を行うユニークなスタイルで観客を沸かせています。
過去には黒いタンクトップに黒タイツ、ハイヒール姿で手作りの和式便器にまたがって漫談をするという衝撃的なネタも披露。
小道具の和式便器を作っている時、「これが私がやりたいことだ!」と生きがいを感じたそうです。
外資系企業勤務というプロフィールから「お高くとまってる」と思われがちですが、本人は体を張ったネタに対して「気持ち良い」と感じているそうです。
目標とする芸風は森三中の大島さんのようにお尻を出したり、ブリーフ一丁で走り回ったり、「次は何をやってくれるんだろう」と思われる芸人を目指していると言います。
一方で、大股開きや体を張ったネタに対して「無理してそんなことやらなくていいよ」と言われることもあり、「心から望んでやってる事を誰もが笑ってくれるわけではない」という現実にも直面しています。
まつなみ芸人の現在と将来の目標
現在まつなみさんは、外資系の医療メーカーで営業として働きながら、芸人活動をされています。
職場はお笑いライブのための休暇や早退を快く許してくれるので、芸人活動にも全力を注げる恵まれた環境ですが、芸人仲間からは「見た目もお金も全部持っていていいね」と言われることもあるそうです。
そんな意見にまつなみさんは「お笑いの才能はお金では買えない」と謙虚な姿勢を見せています。
また、31歳と遅いスタートの芸人活動も「絶対にやめない。何十年かかっても売れたい」という強い決意を持っています。
将来の目標
- R-1グランプリ出場と勝ち進むこと。
- 『芸能人が本気で考えた!ドッキリGP』への出演
- 体を張った大立ち回りができる番組への出演
- 落とし穴やローション滑り台などを使ったお笑いの実現
などを目標とされています。
これまで自衛官、看護師、海外留学と「やりたいこと探し」を続けてきたまつなみさんですが、お笑いを始めてからは新たなやりたいことを求めなくなったといいます。
その理由はお笑いに対して「やっと本当に自分のやりたいことを見つけられた」という言葉が自然に発していることから、芸人としての天職意識の強さが伝わってきます。
まとめ
以上、芸人まつなみさんの「驚きの5つのキャリア」という表現した多彩な経歴を紹介しました。
どのキャリアでもご自身の努力で得た経験を積めば、ご活躍されていたと思われます。
筆者だったら、まず与えられた場所で、どれだけ経験を積んで頑張れるかと考えて、新しいチャレンジをする勇気は湧いてこないかもしれません。
しかし、まつなみさんは常に「人の役に立ちたい」「自分らしく生きたい」という一貫した思いと、新しい世界にチャレンジしたいという推進力が新たな世界を積み重ねているだと思いました。
その気持ちを持ち続けたことが、31歳で本当にやりたいと思えたこと、何年かかっても絶対に辞めない!と心に決めた職業にたどり着けたと言えると思います。
一度きりの人生で、自分で自分が求めていることと向き合い、その答えを探すチャレンジをし続けられるパワーと推進力は人として尊敬すると同時にぜひ見習いたいと思う魅力だと思いました。
デビューは決して早くはありませんが、これまでの豊富な人生経験は独自の芸風に繋がると思うので、体を張ったお笑いへの情熱と、それを支える安定した本業との両立は、現代の多様な働き方の一例としても注目に値するでしょう。
まつなみさんの今後の活躍が非常に楽しみしながら、第6のキャリアとなるお笑い芸人としての成功を応援したいと思いました。
